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バルドスカイ ゼロ -BALDR SKY ZERO- レビュー

当意即妙と言うと、お上品すぎるが、”頭のいい”ではなく、”頭の切れる”会話分が特徴的。
Diveでは全編通して暗い雰囲気だったのに反して、本作ではシゼル加入後からの掛け合いは爆笑ものである。
2Dから3Dへの変更で、戦闘のコンセプトは近接コンボから、派手な射撃戦へと大きく変わっているが、
これはこれで十分に面白いし、爽快感もある。
しかしながら、シナリオが未完である点については一切、擁護できない。
ともあれ、ゼロの根幹をなし、本作で描かれた、そして続編で描かれるであろう、3つの主題を紐解いていく本レビューが、
続編への繋ぎとなれば幸いだ。



未プレイの方はシナリオについては、バルドスカイというよりも、全くの別ブランドですが、装甲悪鬼村雅をイメージしていただけるとわかりやすいと思います。




<ゼロ2について>
・12月14日現在の発売予定日は2014年3月28日
・シゼル、マレルルート追加
・dive1,2のように、ゼロにアペンドする形
・新規武装、プラグインなど、追加あり
・ミッションモード(サバイバルモード)も追加
・妄想極秘ファイル復活 → マクシーム大佐女ver、リーナとのHも期待できるか!?
・価格据え置き9800円はたけーよっ!




以下、<バトル、システム>はネタバレなし、<キャラ、シナリオ>はネタバレ全開です。




<バトル、システム>

最初にプレイ中にクラッシュする件について。
2週目プレイ時の環境は、win7、i7 4770、H87、gts760、16G でした。
この環境で、共通スキップなし、最初~全エンドまで、3回クラッシュして落ちました。
落ちたのは、バトルの合間のADVシーン2回、普通のADVシーン1回で、3DACT中は一度も落ちませんでした。
おそらく、コンプまでのプレイ時間は、流し読み40時間~じっくり読んで60時間、くらいになるかと思います。
なので、今回のプレイでは、15時間ぶっ通しで遊んで1回落ちるくらいなので、個人的にはそこまで気になりませんでした。
また、10回落ちても、4時間に1回くらいの頻度なので、(1周目プレイ時、ノートPC、i7、gts250、8Gでやったときがそのくらいでした)
個人差かもしれませんが、クラッシュ落ち自体はそこまで気にならないのではないかと思います。 
もちろん落ちないに越したことはないので、クラッシュレポートを添えてメーカーにやんわりクレームは入れた方がいいでしょう。
なお、クラッシュデータは見てもよくわからないのですが、2週プレイした経験的に、
長時間(3時間以上)ぶっとおしでプレイした場合に落ちやすいような気がしました。
少なくとも私の環境ではゲーム開始後、2時間以内で落ちることはなかったです。
クラッシュが気になる場合はこまめにクイックセーブするか、オートセーブの項目で「バトル開始時」をONにするといいかと思います。
特にオートセーブ「バトル開始時」はONにしておくのがおすすめ。





ファミコン的2DロボットACTから、2段飛ばし位の勢いで、PS2レベルの3DロボットACTに変貌を遂げたのだが、
個人的には、Diveよりもゼロのゲームシステムのほうが好みだった。
正直、Diveは余りにも格ゲーライクすぎて、ロボットACTとしては本作のほうが正統と感じられたし、
1Kill空中コンボに拘る必要もないわけで、劣化、改悪というより、原点回帰というほうが正確ではないだろうか。

3DCGについては、予想以上に綺麗で感動した。
これはプレイ環境にもよるのだが、デフォルトの1280と1600、1920では、
建築物や床の質感や、レーザー、爆炎の光エフェクトなご描画の細やかさにかなりの差がある。
PCスペックが許すならぜひフルHD環境でプレイしてみて欲しい。
また、カメラワークもPCスペックに依存するようで、ダッシュ時のヌルヌル感とか全然違って、2週目プレイ時は驚かされた。
ただ、後半に進むにつれてカメラワークが単調になったように思った。(ステージごとにカメラワークが設定されていたりするのだろうか?)

ボス戦では確かに近距離武器が優遇されているが、多対一戦では今回は装甲によるガードがないので、
近距離コンボを決めているあいだに容赦なく敵機の弾幕にさらされ、背後からボコられて、耐久力はあっというまに削られてしまう。
となるとやはり近距離、遠距離武器を切り替えながら、満遍なくコンボを繋いでいく、というのが本作のバトルコンセプトであろう。
前作と本作でバトルシステムが、作中で語られるように”最強の門倉甲”、”最優のエドワード”といった装飾から反映されているようで面白い。
FCも慣れれば、ケージ満タンで自動発動の本システムでもコンボに組み込むことは難しくない。
ジャンプはブーストケージが3つ以上になると、囲まれた時の離脱、弾幕回避、空中からの砲撃など、使い道も増えてくる。
慣れてきたら、フォースポイントボーナス×5が途切れないようにコンボをつなげるのを意識して戦うと、前作とは違った爽快さがある。

○○するとボス瞬殺でクソゲーとかいう批判があるが、んなもん、dive、バレット(リベリオン)、フォースの時も同じだし、
悪名高きフォースのラスボス含めて、ミサイルランチャーとタックルで何とかなるのは、baldrシリーズのお約束だろう。
確かにシャベリンシューターは強いけど、diveのレーザービットだって十分強かったよね、と思うのだが。

ところで、本作の初Hシーン後にフォースクラッシュ”テクノブレイカー”が手に入ったところで、
「余計なお世話だ」と笑ってしまったのは私だけだろうか。
加えて、その後に、詳細を確認したら、チャージ速度”very fast”。
スタッフは狙ったのか分からないが、爆笑しながら、「うっせー」と毒づいてしまった。

閑話休題で、原点回帰とはいったものの、改良点は多数存在すると思う。
例えば、ロック機能はマニュアルとはいかなくても、
変な位置の敵をロックしている時に最も近い敵にロックしなおすリセットや現在の対象をロックし続ける固定の機能、
あと、ロックフリーの状態で攻撃を当てる(近接攻撃の場合限定とか細かく設定できるといい)とをの敵をロックする機能があると、かなり便利になる。

また装備可能武器数がFC除いて、12→6に減らされてしまったが、熱量・弾数制のシステムバランスから考えるとこの数が妥当だろう。
しかしながら、6個だけでは寂しいので、6×2の武装で戦闘中にシフトチェンジ可能にするとかどうだろうか?
1度シフトチェンジすると、再度するまでチャージが必要にすれば、シフトA→シフトBのコンボとかで戦略に広がりも出て面白いと思う。

3Dマップも目的地を定めてダンジョンマップ的な使い方をするのにはなるほどと感心した。
基本パーツからマップを自動生成できるようなプログラムで地下迷宮型baldrとかすごく面白そう。

高所から遠距離攻撃で狙い撃ちする際に、移動攻撃に射撃をつけていると、
足場がクレーンとかの場合、落ちてしまうので、適当なボタンを同時押しで、移動攻撃を停止中に可能にしてほしい。

個別の敵機については、メロン爆弾の耐久力が地味の大きくて倒す前に自爆→大ダメージがきついのと、ラプトルの足が速すぎた。
特に不意打ちメロン、てめーは許さん。

カメラアングルについては問題点が多い。
格闘や射撃に合わせて、もっと寄りと引きのアングルを使い分けて欲しい。
また常に手前から奥への引きなので、折角3Dにした甲斐がないというものだ。
自機の手前に背の高い壁や障害物があると、透過して見えるものの、どうせならカメラアングルを自動で周りこませるか、
いっそ、RLボタンやスティックで自由にカメラアングルを操作させて欲しい。

敵シンボルについても、耐久力のミニステータスバーを付けて欲しい。
カメラアングルの件も含めて、描画処理の負荷に問題があるなら、プラグインか設定に項目を作ってON-OFFを選択できるようにすれば問題ないと思う。
また、敵シンボルの種類の少なさや、自機と敵機に武装とそのアクションが共通で使われていて、少し寂しいというか物足りない。
レア敵も色違い(光っているだけ)ではなく、専用のものを用意して欲しかった。

特典武装なので関係のない人もいるかもしれないが、シズカグレイブが異常に成長が遅い気がした。


以上を見てもわかるように、お世辞にもゼロのバトルシステムは完成しているとは言えないが、
2DACTの完成形であった、Dive自体が、バレット、フォース、リベリオンを踏み台にしているのだから、
来年春に発売されるゼロ2での進化で本作のシステムがより快適で楽しくなるのは十分に期待できると思う。
というか期待している。

あと、非アクティブ時に停止しないようにして欲しい。これはかなり切実に実装希望。
ゼロ2ではセットアップメニューのプチキャラ(ボイスあり)を復活させて欲しい。





<キャラ、シナリオ>(以下、ネタバレあり)


正直、開発ブログが自信満々で逆に不安だったのだが、蓋を開ければ、diveよりも、ダーク&中二な内容で非常に好みなシナリオだった。

私にとってはdiveが100時間遊べるゲームだとしたら、ゼロは100時間読み込んでいたいゲームだった。
多少強引な言い方をすれば、diveは白紙の地図を各ルートをプレイすることで埋めていくようなものだったが、
結局のところ、空ルートをプレイしてしまえば、全貌が見えるような構造であった。
しかしながら、ゼロは、3つのルートが層を織り成し、より立体的に世界観を構成し、人間の生き様が描かれており、
個人的には、ゼロのシナリオの方が物語としてより上等に感じられた。

しかしながら、そんな良シナリオを踏まえても一切、擁護不可能な点があって、非常に残念なのだが、本作、はっきり言って未完成というか、
後ほど触れるが両手の指でも足りないくらい重要な伏線(一部、妄想)が放置されている。

個人的には、分割そのものは悪くないと思っているし、本作は3ルートでもフルプライスとして十分なボリュームを備えていると思う。
しかしながら、分割するならするで、Diveのときのように”事前に”明示しておくべきだったと思うのだ。
少なくとも、1つ前のマテリアルブレイブで散々叩かれた挙句、学習しない姿勢というのはいただけない。

発売から1月も経たないうちに開発ブログで重大発表があるとか、ドヤ顔で抜かしていたのは今思い出しても心底腹立たしい限りだ。


まあ、あまり愚痴っていても仕方がないのでレビューを進めようと思う。






本作で語られた、そして、続編で描かれるであろうメインテーマは3つだ。
いずれも使い古され、半ば陳腐化した主題ではあるが、同時に、物語の骨格として、一級品であることに疑いはない。
これから長々と行うのは、幾重にも肉付けがなされ埋没したそれを、解体し、発掘する作業である。


共通ルートでは、重厚で一歩踏み外せば世紀末的な世界観の中、スコールという小規模傭兵部隊の面々が、
下ネタ、スラングを多分に含みつつ、頭の切れる会話を愉快に面白おかしく繰り広げる日常を過ごし、
一方で、”仕事”となれば、生きるために容赦なく引き金を引き、人を殺す屑に成り下がる。
お馬鹿で下品な”山賊一家”スコールが、命がけで真面目に楽しんで人を殺して生きていく姿に、
バルドスカイひいては、SASという世界に生きる人間のリアルを感じられた。
そして、コンプ後に共通ルートをプレイすると、ここはこういうことが言いたかったんだな、と真意が読み取れるのが非常に爽快だった。

また、個別ルートへの分岐は非常にシンプルで、共通ルート終了時に、各ヒロインの名前を選ぶとそのままそのヒロインのルートへ分岐する。
エドワードがケイに惚れたのは、掃き溜めにありながらも変わらないことを選んだ健気さゆえで、
咲良に惚れたのは、自己嫌悪に苛まれながらも生きることを選んだ直向さゆえだ。
そして、フランには、エドワード自身が目を逸らさざるを得なかった冷酷な現実に、今まさに直面している彼女を”愛でる”ところから、
その現実に立ち向かう彼女の強さに惹かれることで、フランを”愛する”ようになった。
要するに、エドワードが各ヒロインに惚れたのは、チープなドラマがあったからではなく、
彼女らに根ざす美点というべき本質に惹かれたからであり、共通ルートの段階で、どのヒロインともくっつく可能性はあったのだ。 
 (そして、どうしてエドワードがそんな彼女らに惹かれたのか、その原因たるエドワードの本質についてもこれから触れていくつもりだ。)
個別ルート序盤は、そんな彼女らの美点をエドワードが再確認する期間であり、選択肢はそのきっかけに過ぎないのだから、
余計な選択肢を排したことは英断であったと思う。

チャーチ22について描かれた咲良ルート、主人公の過去に迫るケイルートいずれも良く出来ていて、
”家族でも他人”、”他人でも家族”とでもいうような相反する概念で構築される世界観を描くことを足がかりに
スコール、WARLUS、州政府など各組織の思惑が錯綜するフランルートは、
そのボリュームが他2つと比べて5倍程もあったことからも分かるように、物語の展開、登場人物の描写共に素晴らししい完成度であった。


シュミクラム戦において、最強の門倉甲、最高のヴォータン、最優のエドワードといった三つ巴表現には中二的に非常に痺れた。

一応、私なりの理解を説明しておくと、

最強:環境(状況、時代)に依らず、単独で圧倒的な力を発揮できる。
最高:ある特定の環境において、最大の力を発揮する。
最優:あらゆる環境に適応し、力を発揮する。

最強<最高 : そもそも最適が最も適応している環境下での戦闘になるため。
最高<最優 : 環境の変化に適応できないため。
最優<最強 : 器用貧乏のため。

という感じだろうか。
本作中では、統一戦争中という環境に最も適応していたヴォータンは、現在のSASという過渡期に適応できない。
メタなことを言うよりも、じゃんけんの、ぐー、ぱー、ちょきのように、直情、策略家、捻くれ者と性格分析に書き換えるとわかりやすいだろうか。

そのうえ、エドワードはまだ伸びしろがあるようで、続編でサード覚醒とかなったら超絶燃えます。ええ、中二的に。




さて、”頭の切れる会話”と書いたが本作では全編通して、いちいち行間を書かないし、細かい説明をしない。
イメージとしては、下品極まりない枕草子という感じだろうか。
例えば、第7章スコールで、エドが”動かないと死ぬ(マグロ)”とツッコんだのを、中佐はシゼルに丸投げして”不感症(マグロ)”の汚名を着せる部分とか。
それは説明不足というよりは、普通に読んでいれば、前後関係、文脈から読み手に補完できるし、より”生の会話”に近いと私は感じた。
また、表現は、迂遠だとか、皮肉めいていると、批判的な意見も多いようだが、
例えば「大目玉を潰しておく」みたいな表現は個人的には洒落ていて面白いと思った。
とにかく中二の感性にビンビン響く名台詞が多すぎて困る。
マルタの「中佐が”追いついた”のなら、あなたは”追い抜く”」とか、お前、ほんとにマシーンかよと、言い回しが上手過ぎて脱帽です。

フランの年齢については明確に言及されていないものの(ほとんど言っているも同然だったが)、
エロゲヒロインとしてこの年齢は、世界で1番NGな恋以来だったが、ぶっちゃけ、見事に調教されました。 ツルペタスジマン、サイコー。
本作のキャラは皆、ハキハキと話すので、こちらを伺うように言葉に詰まりながら話す仕草はそれと対照的で、
フランの対人関係の弱さと、主人公への好意が感じられ、非常に愛らしい。
また、その絶妙な”間”を演じきった、謎の新人声優?、葉月夏生の今後にも期待大だ。

ところで、2週目をプレイして、ケイの中の人のとろそうな声質(褒め言葉)は個性的と思えるようになったのだが、
咲良のスベり具合については中の人が戦犯だと思うのだ。というか、完璧にミスキャストだろ。
個人的には、咲良みたいなキャラは車の人がハマリ役なので、今からでも変えてくれないかなー、とか思ってしまう。
しかしどういうわけか、薬漬けSEXのシーンの演技だけ見てキャスティングしたのではと思うくらい、
あのシーンの演技はべラボーに良かったはいったいどういうことなのだろうか。



主人公のエドワードについても賛否分かれているようだが、個人的には、非常に好感が持てた。
彼について考察を深める上で、いろいろと話が飛びまくるが、気長にお付き合いいただければありがたい。


例えば、なぜかエドワードを批判する際にしばしば槍玉に挙げられるのだが、
エドワードがdiveの主人公である門倉甲に突っかかっていくことも、彼の過去を考えれば決しておかしいことはない。
エドワードは、甲の目的が復讐であり、その原点は愛した女の喪失であると感じとる。
もしも、甲が脇目も振らず復讐に突っ走るのなら、たとえそれが自滅的で狂っていようが気にも留めなかっただろう。
また、甲の側に桐島レインがいたとして、彼女一人の一方通行の思いであったのなら、
それこそ、言葉を交えることもなく、甲を闇討ちして、レインを掻っ攫うこともあったかもしれない。
しかしながら、復讐を目的としながらも、甲とレインはお互いを確かに気に掛けあっていたのだ。
そんな彼らの関係を、記憶を失ったエドワードは”なぜか”気に入らないと、自分でも理由がはっきりしない状態で不満を感じ、
他人の事情に踏み込まないという自身の信条に反しながら、門倉甲にいちいち毒づかずにはいられない。

ケイルートで明かされたように、エドワードは幼少のころに初恋の少女を電脳症ゆえに失うだけにとどまらず、
その彼女の身体を、自分を含めた家族が生きるための金を得るため、一人、売り歩いたのだ。
また、咲良ルートでのウルセライとエドワードの会話を覚えているだろうか、ウルセライは金を得る為に家族の死体を売った自分を”屑”だと表現した。
しかし、自分は、そしてエドもまた、チャーチ22とは違う、(便宜上表現するなら)”人でなし”ではないと言うのだ。
その差が何か、と言われれば、”分別”だそうだ。
エドの言葉を借りれば「人殺しが悪っていうのは、理屈じゃなくて、生物(ナマモノ)としての礼儀(マナー)」だそうだ。
時に無視することがあってもウルセライやエドワードは”分別”を備えており、それを理解している。
しかし一方でタガの外れたジャンキーのティーチ22にはそもそもそれがない。
多少の語弊を承知で強引に大別するなら、分別を遵守する”善人”、分別を無視する”屑”、分別を備えない”人でなし”という3つの人種がSASには存在することになる。
そして、作中ではメイに代表される”善人”はSASでは長生きが出来ない。
ならば、”屑”である(になる)というのは、SASという環境に対する生態の適応とも考えられる。

エドの「人は殺せるが、見捨てることは出来ない」という言葉が、また、家族のために初恋の少女の身体を売り歩いた行為が示すように、
そこには”屑”と”人でなし”を分ける”分別”という信念が確かに存在する。
そして、互いを気に掛けながらも、死人のために互いを磨り減らし合っていく2人を見て、
それを強いているように見える甲に対して、記憶を失っているエドが無意識に不快を感じることは、彼の信念からすれば何一つおかしくない。
また、エドワードは、メイに対して、後ろめたさも罪悪感も感じているが、それでも、自分の行動が間違っていたとは決して思わない。
なぜなら、それは自分を含め生きている家族を助けるため、状況によってではなく、確かに自分の意志で行った”増やすための戦争”だったからだ。
一方で、エドワード達からは一見、”分別”を持たないように見えたWARLUSだが、彼らも実はそれを備えていることが物語中で明らかになる。
だが、WARLUSにとっての「人は殺せるが、見捨てることは出来ない」の対象は、スコールの面々のそれと大きく異なり、
それゆえに”減らすための戦争”と表現されている。
スコールもWARLUSも人殺しの”屑”には変わりはなく、どちらも”分別”は備えているが、
殺してもいい対象、見捨てることの出来ない対象が異なるために、2つの信念は間逆であり、
この2つの”戦争”の信念は真っ向から対立するため、スコールとWARLUSの決戦は避けられないのだ。

はっきり言ってしまえば、”増やすための戦争”などというものは、楽観的で、偽善と見られても仕方のない代物だ。
逆に”減らすための戦争”というのは、酷く現実的で、目的の達成という意味においてはこちらの方が圧倒的に優位なのだろう。
しかし、それを行う人間自身は「誰も死なない世界」を夢想する究極の理想家なのだから、その間で破綻して、自壊せざるを得ない。


ところで、ヴォータンは理想に狂って人を殺す化物ではなく、ただの人間、1人の親にすぎなかったことも十分に読み取れたと思う。


それを理解する上でまず、フランとグッドマン中佐の関係を振り返ってみよう。
エドワード加入当初、中佐は任務を除いてフランをまるでいないかのように扱い、
フラン自身も、お父さんどころか、階級ですら呼ばず、中佐のことを「あの人」呼ばわりしており、およそ普通の親娘とは言い難い関係であった。
そんな関係を構築している2人に関して、責められるべきは親である中佐だということは疑うまでもないだろう。
そして、そんな関係のまま停滞していた2人をエドワードが不器用ながらも取り成す事で、2人は少しずつ親娘らしい距離感や信頼を取り戻していくのだが、
フランが接続者システムのユニットとして覚醒し、それを利用して、中佐が「追いついたぞ」とヴォータンに牙をむいたことで、
それまで、フランの中で膨らんでいた中佐に対する不信、「自分はあの人にとってなんなのか?」という思いが表面化する。
しかし、表面化といっても、その思いは爆発するわけでもなく、いじけて、愚痴って、甘える、そんな方向性で現れるのだ。
そして、これまで何も言わずにやってきた中佐が悪いにも関わらず、
年相応に弱い姿を見せたフランを、クララは非難し、エドワードは突き放し、リーナは頬を叩きながら叱りつける。
クララが明言しているように、親を知らない、親に捨てられた、そんな彼女たちの半ば、八つ当たりという側面もあっただろうが、
しかしながら、フランと中佐の和解には必要な行為であったこともまた間違いない。

まず念頭に置くべきは、中佐はヴォータンの同一体であり、それを他人に知られると中佐は消えてしまい、
また、中佐とヴォータンの間でどの程度意志、記憶の共有がなされているのか分からないが、ヴォータンがフランの母、カティアをサルベージしたという事実だ。
同時に、カティアを差し出す代わりに、フランに同一体処置を施すことで、延命を図る取引が中佐とヴォータンの間にあったことさえ示唆されていた。

もちろん、この事実をリーナ、エドワードは知らないが、ヴォータンユニットの中身がフランの瓜二つ(クローン)に見えることから、
それが中佐のフランに対する微妙な距離感の原因、少なくとも一因であると当然、推測しているはずであり。
その上で、「あれはどういうことなのか?」とエドは中佐を1度問いただした。(当然、過去にリーナも同じことを尋ねたはずだ。)
しかしながら、同一体である中佐は、上の事実を話すことができないので、
その問いに対して、中佐らしからぬ歯切れ悪い態度で申し訳なさそうに誤魔化した。
誤魔化されたエドは自身の知りえない中佐の事情を汲むと同時に、他人である自分がそこに踏み込む権利はなく、
また、保身的な意味ではなく、強引に聞き出して知ったとして、2人に対して責任を取ることができないから、いったんは身を引くのだ。

この流れがあるから、中佐とフランの関係は外部から修復できないことがわかるだろう。
では、そんな状況を打開できるのは、エドでもリーナでも説得できない中佐を説得できるのはフラン自身を除いてもうほかにいない。
そして、フランがそれを半ば理解しながら、逃避的にリーナとエドに母性、父性を求めるから、親のいないクララやリーナ、エドはフランを叱ったのだ。
先ほども述べたようにそれは親を持つフランに対する嫉妬、八つ当たりの側面もあり、フランが中佐のもとへ向かった後に、3人はそれを大いに恥じていた。
しかし、ただ嫉妬から八つ当たりしたのではなく、2人の和解を願っての言葉であったことも明確で、
もしもフラン自身が中佐にぶつかっていって、それでもダメなら、自分達を帰り場所にしてもいい、とフランの背を後押してもいた。
フランに対する言葉は、あの場、あの時に、たとえ子供に対するものとして酷すぎても、
状況を改善するためには、言葉にして、行動にして、フランに伝えなければならなかったのだ。

それでも、まだ初潮が来てすらいない少女への対応としては酷すぎるというのも私達の感覚からすれば当然だ。
しかし、舞台がSASであるという事実を忘れてはいけない。
その代表格が、本作でもケイルートで焦点の当たる、子供、それも孤児を、工業製品のようにロット、出荷と扱うマジェスティックオークションであり、
孤児院の家族を生かすためメイの身体を売り歩かざるを得なかったエドの幼少期だ
言葉にすれば余りにも簡単過ぎるが、SASにおいては「子供が子供のまま、庇護の対象ではいられない」。
たとえ子供であっても、欲しいものがあるなら勝ち取らねばならない、それがSASという世界のルールなのだ。

しかしながら、そんな残酷な環境も中佐が確かにフランを愛していた事実の裏づけになるだろう。
自分はひょっとしたらヴォータンユニットの1人で、母親も父親もいないクローンで、だから中佐も愛してくれない、そんな思いからフランは、
「私にシュミクラムを与えたのは、便利な道具だから?」と悲痛に中佐へ問いかける。
中佐がヴォータンに一矢報いたい思いがあったのも嘘ではないだろう。
しかし、フランを道具扱いしていたのでは決してない。
より正確な真意は、「いずれ自分ではフランを守れなくなっても、フランが自分で生き残れるだけの力を持って欲しい」
つまり、「子供に生きていて欲しい」という、あまりにも親らしい当然の願いであるとわかるはずだ。
そんな中佐のフランに対する愛情は、エドに対する「実の娘でもない女を、俺が娘と呼ぶと思うか」という言葉や、フランをさらった甲にブチ切れする場面でその一端が垣間見える。
なにより、中佐が生涯で1番愛した女とまで言ったカティアをサルベージされたにも関わらず、WARLUSへの報復を諦めた理由は、
「戦力差がありすぎてスコールが壊滅するから」だそうだが、いやいや、明らかに「フランを危険に晒さないため」が1番の理由だろうと、
エドワードやリーナには透けて見えていたに違いない。


また、カティアのサルベージについて考えるが、思い出してほしいのは、
咲良ルートで、CGHの投与によって咲良をチャーチ22に奪われたあとのブリーフィングにおけるやり取りだ。
咲良を誘拐したチャーチ22は、マレルとの人質交換を要求してきた。
その時、「マレルを囮にして」という考えが、脳裏をかすめたエドワードを見て、
中佐は、エドワードが言葉にしかけ、すんでのところで飲み込んだ考えを、「恥」と表現した。
中佐は、お世辞にも善良などと言えない人物、率直に言って、悪党ではあるが、人として恥ずべき行為というものを理解している。
たとえ、フランの延命を図るためであったとしても、彼が交換条件にカティアを差し出したのは、紛れもなく、それなのだ。
ならば、中佐がフランを見るたび、彼に想起される思いは必ずしも綺麗なものだけではない。
自身の犯した恥を直視させられるのだから。

中佐がフランを捨てていれば、中佐が自己嫌悪に苛まれることもなく、フランが傍にあるのに触れられない愛情に飢えることもなく、
彼女が全てを知って、傷つき、”惑う”こともなかったのだ。
「なんで、捨ててくれなかったの?」と問いただした言葉の裏にあったのはこれだ。
中佐がフランを捨てることは、2人にとって1つの最善であったことは否定できない。
しかし、それでも中佐はフランを手元に置き続けたし、フランもまた、スコールを離れなかった。

そして、全てを知り、愛すべき父と憎むべき仇、これまで信じてきた善悪を取り上げられた彼女は、生まれたての赤子も同然で、
だから、「中佐とヴォータンは別なんだよね?」と、生まれて初めて、父に甘えるのだ。

あなたにとって私は何?
私にとってあなたは何?
ねえ、教えてよ。

そんな彼女の、子供として当然の甘え、しかし、返される答えは淡白で、
彼女が味方と信じるエドワードさえも「わかれ」としか言わない。
そして、彼女が、泣き、惑うまま、中佐は他ならぬスコール隊員の手で殺されるのだ。

いったん話を戻すが、この部分は非常に重要なので、よく覚えておいて欲しい。



中佐がフランに全てを打ち明けることは容易だったろう。
いやむしろ、”膿のように溜まり自身を苛む自己嫌悪”を考えれば、全て白状して楽になりたいと思うことさえあったはずだ。
しかしその瞬間、自分は消えてしまい、フランを庇護するものはいなくなる。
ゆえに全てを語ることのできない中佐は、軽々しく言葉でフランに愛情を伝えることを慎まざるを得ない。
また、どう考えても親馬鹿、子煩悩な中佐がフランに対して距離を取らねばならない状況も、中佐にとっては罰であったはずだ。
そんな中佐が親失格なのは言葉にするまでもなくて、それを他人が問いたださないこともまた、十分に中佐にとっては非難であると私は感じた。
しかし実際に親失格な彼に、贖罪を伴うような罰を与えてくれる、与えられる人間はいなかった。
彼に与えられる非難も罰もすべて彼の中だけにあるものであり、そんな自罰を重ねても、その重みから救済されることはない。
中佐が同一体であるとわかって、門倉永二が中佐を殴ったのは、中佐が裏切ったと感じたからではなく、それを話してくれなかったことに憤ったからだ。
そして、その怒りが正当なものだと中佐は理解するから、中佐を殴った永二に「ありがとう」と言った。
あの瞬間、やっと、贖罪を伴う罰が下ったから。
中佐の中で、自罰と自己嫌悪はまさに負の循環にあり、膿のように溜まっていくばかりだったのだ。

しかし、いやだからこそ、中佐が自己嫌悪に苛まれながらも、フランに”庇護”を与え続けたことは、彼の親としての愛情の証明だ。

そして、ヴォータンは、なぜ棒立ちになっていたフランを撃たなかったのか、なぜ同一体処理を施した貴重な実験体であるはずのフランを放置していたのか、
なぜ方針が致命的に食い違ったにも関わらず同一体の分体に過ぎない中佐の存在を、彼が州政府に吐いた嘘を黙認し続けたのか。
その答えはもはや自明だろう。
「子供が長生きして喜ばない親などいない」
作中で語られたとおり、グッドマン中佐もヴォータンも、フランに関してだけは協調していたのだ。
立場は違う。
信義も相容れない。
決して言葉にもしなかった。
それでも確かにそこにそれはあったのだ。

この『親子の愛情』こそが、本作のメインテーマの1つであったのだと私は思う。




さて、フラン、中佐、ヴォータンに言及しているうちに大分、話が逸れてしまったのだが、
門倉甲とのやり取りやケイルートでの過去回想を念頭に、エドワードという人物を理解するなら、彼の本質は、
「偽善を振りかざす人殺しの屑」ではなく、「偽悪をまとった器用なる臆病者」であるべきだ。
彼の根底にあるのは、「平気で他人を殺せる」ではなく、「隣人を見捨てられない」だ。
作中で彼の言動に支離滅裂と言える部分があるとすれば、
それは彼の”最優”性、すなわち、環境への適応による「平気で他人を殺せる」という性質の獲得ゆえなのだ。
”最強”の門倉甲が圧倒的技量で我を通すのなら、”最優”のエドワードはあらゆる環境に適応し、生存する。
本質とは間逆の性質を後天的に、それも器用に獲得してしまい、それをまとっているから、
局面が重要になるほど、ある種、化けの皮が剥がれ、普段の言動と一致しなくなる。
ならば、彼の言動に嘘があるのなら、それは偽善ではなく、偽悪という虚飾と見るのが正確であり、
言動が支離滅裂なのではなく、そもそも後付の性質と生来の本質が矛盾していると理解すべきだ。


とすれば、グッドマン中佐の繰り返す「なぜ人を殺す?」という問いにもさらなる含みが見えてくるだろう。
グッドマン中佐はエドワードのそうした虚飾を見抜き、
「状況で引くな、最後は自分の意志で引け」、すなわち、環境への適応を言い訳にするな、とエドワードを諭したのではないだろうか。
「自分が生きるため平気で人を殺せる」という虚飾を、あの時エドワードは否定されたのだ。
それは、これまで自分を生かしてきた”最優”性の否定に他ならず、
隠していたはずの一番弱いところを見透かされたエドワードは、だからこそ即答できず、「善処する」と答えを濁さざるを得なかった。

そこで次に、エドワードとヴィクター(中佐とヴォータンを合わせて)の関係に着目してみよう。
フランには任務外では一切声を掛けようとしないが、一方で、中佐はしばしば、酒や娼館通いを理由にエドと話す席を設けるなど、
エドワードと中佐の関係は、フランと中佐の親娘関係とは対照的に描かれている。

上の方で「SASという環境に対する生態の適応」という表現をしたが、
共通ルート序盤で、ガラパゴス、ダーウィンの進化論などの言葉が出てくることからも、
”生態系”という言葉も本作を理解する上で1つのキーワードになっているように思う。

中佐とフランが血縁という親娘関係であるなら、
エドワードとヴィクターは、SASという生態系におけるヒエラルキーの頂点である”王”、その現在の王と後継者という意味で、
親子関係に当てはめることができるのではないかと考えた。
エドワードと咲良が、モノステラを墓石にして刻むならどんな墓碑銘がいいか?とメールで尋ねたのを覚えているだろうか。
中佐の答えは、「されど死ぬのはいつも他人」であり、2人が尋ねたにもかかわらず、エドワードだけに直接伝えた。
その場で、エドワードは「家族でも死んだら他人」という意味かと考えて、それは違うと判断したが、では、その真意はなんだったかと言えば、
”最高”の名を冠する彼は、いつも自分だけが生き残ってしまうという王者の傲慢であり、同時に、”最優”の名を冠し、同じ運命を辿るであろう後継者に対する、憐憫ではないかと思う。
 (咲良ルートでチャーチ22の本拠地となっている旧構造体が墓標めいていたことに対して、エドワードが同じ言葉を放っていたが、
  その時の意図は、チャーチ22にとっては「死んだところで他人だからどうでもいい」という捻りのないものであろう。)
中佐がフランに与えたものが”庇護”であるなら、中佐がエドワードに与えたものは”対話”だ。
信義や主義など哲学めいたものから、女の趣味などの俗な話題、果てには娼館帰りに穴兄弟とか下品極まりないものまで、
こちらもおよそ普通の親子の会話内容とはほど遠いものではあったが、
中佐が彼に与えたものは、大人が子供にする教育と言って差し支えないものであったと思う。

幼少のエドは、メイにどんなシュミクラム乗りになりたいかと問われて

>「殺すことが一番得意で、それしかできないかもしれないけど。
> ……誰か一人でも、助けられる人になりたいなあ。」

なんて答えてしまうくらい、純朴だった。
しかし、メイを助けられず、彼女の体を売り歩くしかなかったことで、その純粋さは折られてしまった。

> ふって沸いた言葉は、
> 出てきた時と同じように消えていく。
> ……彼女を助けられなかった俺が、
> どの面下げて、そんな言葉をいえただろう。
> 世界を正面から見なくなったのは、その頃からだ。
> 斜に見ながら、言葉尻を拾ってはあげつらって、
> なだめすかしながら生きていく。
> 今はもう、どうしようもなく捻くれてしまった。
> それが、体制(せかい)と真正面から戦争することを拒んだ
> 賢しい子供の、精一杯の反抗と末路だ。

メイを守っていたなんてのはとんだ思い上がりで、ただの子供のわがままに過ぎなくて、
自分はヒーローなんかじゃない、好きな女の子一人守れない、ただ殺すのが上手いだけの掃き溜めの屑の1つにすぎないと思い知らされるのだ。
だから、エドワードが誰かを語る時、必ず皮肉混じりになるのも、たびたび自分の感情に鈍感になるのも至極当然だ。
彼は、メイが犠牲になるような世界が嫌いで、そんな世界に生き残ってる"屑"も当然嫌いで、
そして何より、そこに誰よりも順応している自分、掃き溜めの王様が大嫌いなのだ。
自分の感情に色をつけて、外的なもの以外を理由や原因にして戦うことを恐れるのは、結局、守れなくて、自分が傷つくのが怖いからだ。
ゆえに彼は「偽悪をまとった器用なる臆病者」、もっと口さがない言い方をすれば、失敗していじけたクソガキだ。

それでも、エドワードはSASという生態系の"王"、もしくはその後継者なのだ。
単純に強い。
殺そうとしても、死なない。
むしろ、無自覚であるほど、周りの人間を死なせてしまう。
そして、その優秀さはシュミクラム戦闘のみに限定されず、自分に関して無意識に鈍感になっていることを除けば、
他者の機微や距離感にも非常に敏感であり、自己の生存という点では、きわめて有能であることは、共通ルート序盤で明らかだろう。
目覚めてすぐ、状況もわからない内からスコールに溶け込んだことや、
 (結果として、咲良には不審がられたが、それも彼女がエドワードに好印象を抱いていたがゆえだ)
初対面のウルセライから彼の諧謔趣味を察知したりと、身の振り方も器用極まりない。

そんなやつを放し飼いにするわけにもいかないと中佐が思ったかどうかは知らないが、
中佐の言葉も態度も、子供を導く大人のそれであったことは断言できる。

それが特に顕著だったのは、咲良ルートだろう。
咲良の事情だけに注意が行き過ぎて視野狭窄になっていることに気づかせたり、また、バトル中の会話なので聞き逃した方もいるかもしれないが、

> まず人は体制に従って生きることを覚える
> 次に、体制に身を預けながら立ち位置を選ぶことを覚える
> 次に人は体制に逆らいながらも違反することなく、我を通すことを覚える

これはまさに大人が子供に行う教育そのものだ。 (最近は大人の都合で2番目以降教えてくれないことが多いけどね。)

また、共通ルート第二章での中佐とエドワードの会話を覚えているだろうか。中佐は、こう語っていた。
> 貴様らは貴様らの戦争をすればいい。
> スコールはあくまでその大枠だ。
> その中で起こる戦争は、俺の責任でもある。
> 枠から外れれば、俺が歪めて中に入れればいい。
ヴィクトール・グッドマンの核(信義よりも上位のもの)は、「各々が己の信じる”戦争(=信義)”を行う」ことだ。
そして、グッドマン中佐の信義は、愛娘であるフランを筆頭にスコールという家族を守り、導くという”増やすための戦争”であり、
ヴォータンの信義は、誰も死なない世界のため、家族を持たず、他人を犠牲にすることを厭わない、”減らすための戦争”であった。
咲良ルートでそうしたように、エドワードとフランが、WARLUSを追う中で学んだものは、人が”体制”の中で生きる方法の3段階目だ。
そして、中佐の言った「上官の使い方」とはすなわち「大人の使い方」であり、
そんな2人の我侭さえも、中佐が歪めた”体制”、いうなれば大人の厚意の元で許容されていた。
そして、中佐の役割が上のような”庇護”であるなら、ヴォータンの役割も自ずとわかるだろう。

このように中佐のすばらしいところは、自分の責任の下で、子供が自身の責任を自覚していると信頼して、子供に好き勝手やらせているところだ。
子供が成功すれば我がことのように喜び、たとえ失敗しても、自分の責任の下で尻拭いをする。
どちらにせよ、未熟な者を導くという行為に喜びを覚えるという点ではまさしく大人の鑑であると感じられた。
最近は何かと、責任を取らない大人が多すぎるし、事なかれ主義なんて言葉も溢れ返っている世の中なので、
なおのこと、中佐の体現する大人像は輝いて見えた。


そして、普段は器用極まりないエドワード君だが、なぜか気になっている女の子の扱いと自分の感情の扱いは下手糞という有様。
最初は自分の苛立ちをぶつけるだけで、それを持て余して、相手へ上手く伝えることができていなかった。
しかし、中佐の教育によって、エドワードが拗ねたクソガキから、一人の大人へと1歩づつ成長していき、
中学生みたいな、すれ違い恋愛(爆笑)を続けていたエドワード少年も無事に脱素人童貞できたのだ。


しかしながら、咲良に照準を合わせた後、咲良を撃つにせよ、敵を撃つにせよ、あの瞬間に覚悟が足りなかった、教育が行き届いていなかったことも明らかだ。
前者はバッドエンド一直線で、世界を斜めに見ることすら避けて、自分の戦争を他人(金)に預けてしまい、
後者も反射的にそうした結果、運よく中佐の計画通りに運んだだけに過ぎない。
要するにまだまだ、教育不足だったわけだが、そこは続編での成長に期待ということなのだろう。

一方で、エドワードにとって、咲良が、過去からの自己嫌悪ゆえに現状に足踏みしつつ、それでも前に進もうとしている姿から同属であるとすると、
フランの立ち居地は、同じく同属視しているとしても、それよりも手前と言えるだろう。
フランが”大人”になりたがっていたことは、作中でも繰り返し描かれており、
その理由は、母の代替やヴォータンユニットとしてではなく、1人の人間として中佐に見て欲しかったからだ。
最初エドワードがそこに見出したのは、おそらく”危うさ”であろう。
「親が子を愛することを当たり前」と彼女が理解する程度にはそれは当たり前のことなのだが、
同時に、SASでは、それが当たり前に得られないことも、事実なのである。
ならば、彼女が直面しているのは、エドワードが幼少の頃、メイを守ろうとしたときに直面したものと同じく、困難な現実だ。
エドワードが一人でメイを救おうとし、彼女を守っていると錯覚していたのと同様に、フランも共通ルートでは、全て自分ひとりでなんとかしようとしていた。
しかし、フランは、WARLUSを前にエドワードに叱られたことを契機に、そこから少しずつ、過去のエドワードとは乖離を始め、
エドワード、リーナ、シゼルの言葉に耳を向けるようになる。
つまり、大人になりたいというただの子供のわがままから、そのためにより正しい方向・方法を模索するという段階への成長するのだ。
エドワードが一人で何とかしようとして、失敗し、そして、挫折したのとは違い、フランは失敗してもそこから先に進むために外に目を向けた。
ここで、エドワードがフランに感じるのが「愛でたい」という欲求だ。
次に、フランは戦果を拡張しだす。
当初の目的である、中佐に自分を見てもらうという目的と同時に、エドワードを自分に惚れさせようとし始めるわけだ。
最初は、おませな少女の色仕掛け?から始まるのだが、外面だけではダメで、内面を磨かないといけない、と諭され、
エッチな誘惑と平行しつつ、料理、裁縫などで点数を稼ぎにくるのだ。
最初は平凡なソイレントグリーンしか作れなかった彼女が、スコールの台所番長リーナに迫るような料理を振舞うようになるのだから、当然、そこに大人の女性らしさを感じ始める。
なのに、それを心から「美味い」と褒めると、「よかったぁ」なんてホッとして年相応のあどけない笑顔を向けてくるのだから、あざとい! (いや、本人は狙ってなくて、天然なんだけどね)
美味い料理とあどけない笑顔のギャップ攻撃でエドワードは当然たじたじになり、そのことを「お前、フランに調教されてるぞ」と指摘されるのだ。
子供のわがままから失敗、しかしそこで挫けず、外に目を向け、未熟ながらも正攻法で、目的を達成しようとする、
そんな彼女の強さにエドワードは惹かれ、気付いたらロリコンへと調教されて、フランにベタ惚れ、「愛して」しまうようになる。
こういう流れが丁寧に描かれていたことからも、正統派?な純愛ゲーとしても本作の完成度は高いと感じられることだろう。



以上のように(ロリコン調教はあんまり関係ないが)、SASの生態系ヒエラルキーの"王"という観点で見ると、
エドワードとヴィクターもまた広義の親子関係であり、『世代交代』という2つ目のメインテーマも浮き彫りになってくる。

また、本筋ではないが、属する生態系は異なるが同じ"王"であるという点で、
エドワードと門倉甲は同属であり、2人が互いに苛立ちを感じ、反目しあうのは、
「強いから、自分だけ生き残ってしまう」という鏡写し、同属嫌悪もあったのではないだろうか。



本作においては、ヒーローもヒールも存在しない。
SASでは、咲良ルートで描かれたように「適応できないものはすぐに死んでいき」、ケイルートで描かれたように「子供が子供のまま庇護の対象でいられない」。
中佐はスコールを山賊と自称していた。
WARLUSに協力していた研究者ジョバンニとの会話を思い出して欲しい。
WARLUSは人を人と見なした上で、人が人を殺すこと許容した連中で、身内は殺せないから、身内を作らなかった。
そんな彼らだからできた非道で確かに救われた人間がいて、古い世代の人間の間では英雄視さえされているのだ。
ならば彼らに対して単純に悪のレッテルを貼るべきではないだろう。
「増やすための戦争」と「減らすための戦争」のどちらが最適生存者(造語)であるか、そんな学術的見地に置き換えた方がよほど正解に近い。
なぜなら、そこにいるのはただの掃き溜めの屑共であり、SASという生態系に属するただの人間だからだ。


そしてだからこそ胸に響く言葉があるのだ
1つは、決戦後のエドの述懐、グッドマン中佐のスコール分隊での日々を指して「贅沢」。

”減らすための戦争”すなわち、”誰も死なない世界を実現するため”に、身近な人間さえ犠牲にするという戦いに身を置きつづけたヴォータンにとって、
グッドマン中佐として、同一体であるがゆえに全てを明かせず不器用ながらも、
他ならぬ彼が長であるフェンリル独立分隊スコールという家族、スコール基地という家、そして、シュミクラムという生存手段、
これらまとめて”庇護”を最愛の娘であるフランに与えることができ、最愛の娘を最優先に守るという”増やすための戦争”を謳歌できたからこそ、
その生涯を”贅沢”とエドは評した。

2つ目は、ヴォータンとの最終決戦前のフランの言葉「私はお父さんの娘だから」。

中佐がそんな”増やすための戦争”を謳歌することで与えた”庇護”を一身に受け続けていたと理解したフランが、
ヴィクトール・グッドマンの、父親の愛情を確信したことに裏付けられて、
「私はお父さんの娘だから」、”減らすための戦争”を認められない と言ったのだ。
思い出してほしい。
彼女の生まれて初めての甘えを、なぜ中佐が他人行儀に跳ね除け、エドワードが「わかれ」としか言わなかったのか。
ヴィクトール・グッドマンは、愛すべき父であり、憎むべき仇でもある。
どちらも正しくて、どちらも正しくないのだ。
だから、親が、他人が、答えを教えて、決めてやるわけにはいかない。
これを逃したら、彼女はきっと何かに依存せずには生きていけなくなる。 
それは子供のためにならないから。 自分が惚れた彼女の本質ではないから。
彼女自身が、自分一人で、悩んで、迷って、答えを掴みとるべき問題だったからだ。
そして、これまで信じてきた善悪を取り上げられた彼女が、その答えを 【ゼロから掴み取った】。
ならば、彼女の啖呵の後に見せた、ヴォータンの喜悦の意味は自明だろう。
自分の娘が一人の大人して自立した瞬間を目の当たりにできたからだ。


そして、最後、ヴォータン変形後のエドワードとヴォータンの会話。
10行程度の本当に短いやり取りだが本作の全てがぎゅっと詰まっている部分だ。
2人を庇護していた中佐がいなくなった今、彼らはヴォータンの敷く”体制”に侵されつつある。
ならば、どうするのか? 
それは言葉にされなかった4段階目であり、決してただの反抗期ではない。
すなわち、同じ一人の大人として、対等な関係で、認めがたい”体制”と、己の信じる”体制”を競わせることだ。
前時代の"王"とその後継者、2人の信義とする戦争は真っ向から対立している。
エドワードが、幼い頃、言葉にできなかった誓いを胸に今、ヴォータンと対峙しているように、
たとえすでにフランを愛してしまい自己矛盾を孕みつつあったとしても、ヴォータンも己の戦争を信じているし、引くに引けない。
親が子を守り、導くことが親の義務であり、権利であるなら、
時に親の意思を継ぎ、時に親の妄執を断ち切ってやることは、子のそれだ。
文字通り年季が違うのだから、決して生半可なことではないが、
中佐がヴォータンに追いついたのだから、その意思を継いで、ヴォータンの妄執を断ち切ってやるのが、エドワードの役目だ。
繰り返すが、ヴォータンは悪ではない。
一言、"時代遅れ"の言葉とともに、子供が越えるべき、ただの壁(大人)だ。


子供が一人の大人として自立し、親を超え、次代を担う。

すなわち、本作の第2のメインテーマ『世代交代』だ。







以上、話があっちこっち飛んで収集がつかなくなっていますが、本作のレビューでした。
こう、面白い作品ほどレビューが書きにくい現象ってなんなんでしょうね。
本作は3ルートが密接に絡み合っているので、シナリオについてはシンプルに書くのは(少なくとも私には)無理でした。
できるだけシンプルに書こうとした結果が、最初に書いたレビューでして、でも書きたいことが全然書ききれないというジレンマですよ。
単純に私の作文能力の問題かも知れませんが、これだけの内容を笑いありギャグあり下ネタあり涙あり(なんか比率がおかしいですが)で、
40時間のプレイ時間で詰め込んだライターのシナリオ作成手腕は見事なものだと思います。
特になんだかんだで共通ルートに伏線山盛りなのがすごいです。
合わない人もいるようですが、私の感性にはビンビンきました。
てか、「揺り籠から天使まで」と同じライターさんだったんですね。
視点人物が変わったルートの途中で積んでしまったので、ちょっとプレイしてみようかと思っています。







さて、ここからは妄想モードです。上でもかなりはっちゃけてましたが、比じゃありません。

何を語るかというと続編に関する予測ですね。
とりあえず、予測を語る前に予備知識として、
「ガラテク」、すなわち「ガラパゴス テクノロジー」についてさらっと考察をしようと思います。


SASでは、主に、黒犬症候群、GTICEの2つが原因で、生態や技術にガラパゴス化が生じているというのは、作中で説明されたとおりなのですが、
特に注意すべきは、技術面でのガラパゴス化ですね。
こちらは、環境への最適化というよりは、紛争状態を下地にした技術の超成長と言ったほうが適切な様相です。
しかしながら、これらの技術はSAS外部へ流出していないとも語られており、
もちろん、SAS外ではセカンドに対する迫害があるようにそういった思想面で摩擦が生じているというのも事実ではあるのでしょうが、
やはり、情報流出量が少なすぎるのではないか、という疑問は妥当でしょう。
そこで思い出して欲しいのが5点
①ピオニーインダストリーが潰れた後、同社社長のアンドリューが(おそらく)ガラテクを持って、SAS外に出ようとした所を暗殺されている。
②SASへの入出にはかなりの時間がかかる。特に出る場合は通常の手続きで1年もかかると書かれている。
③WALRUS、チャーチ22による戦争の助長が黙認されている。
④チャーリー州知事がSASのガラテクを武器に、数年以内に訪れるであろう統合分裂で覇権を握ろうとしていることを明言。
⑤おそらく、州政府と癒着し多額の献金によって違法研究を黙認されている企業もそれを支持している。
以上から考えて、ガラテクとは、黒犬症候群やGTICEにより自然とそうなったのではなく、
より恣意的に州政府や各種企業の意向で、超成長・流出防止がなされているのではないか、と推測できます。

さて、ここで注意して欲しいのは、そういった意図があるということではなく、
そこに”WARLUS”が絡んでいるという点です。

彼らが大戦時に何をしたか作中でも語られていましたね。
敵対勢力に潜入し、それをあらゆる手段で肥え太らせ、最終的に一網打尽にしてしまう。
これはかなり盲点ではないかと思いました。
要するに、現在のSASを潜在的反統合勢力とみなし、WALRUSがそれを粛清するという形です。

さらに、ここで絡んでくるのが、豆の木作戦。
作中でも、フランが意味ありげに、”軌道エレベーター”と言い放ち、続けて”資源不足のため夢物語”と言い捨てました。
私も当初は、グングニールの使用権の強奪とか、全く別のことが目的ではないか、と思っていたのですが、
よく考えると、というかまんまなのですが、SASって一部が赤道直下なんですよね。
軌道エレベーターの建設位置としては、ぴったりなんです。
そして、SASを除く世界の現状は、深刻な資源不足、とりわけ、重度汚染による土地不足が深刻。
つまり宇宙に新規生存圏を開拓できるなら願ったり叶ったりなのです。
しかし、スペースジェットはリアル現代でもそうですが、資源、特に燃料を馬鹿食いします。
その点、軌道エレベーターも建設資源は大量に必要ですが、
一度作ってしまえば、長期運用の観点では、前者よりもはるかにコスパがいいと推測できます。

でも、建設資源がない、ん? ない? ほんとに? 
あるじゃん!大量に! 炭素(有機物)が!!

もうお分かりでしょう、SASの人間を丸ごと軌道エレベーターの材料にしてしまうのが、豆の木作戦の全貌ではないでしょうか。
潜在的反統合勢力の粛清もできて一石二鳥ですね。


次に思い出していただきたいのは、フリントがWARLUSは”執行人”であり、マレルが”代理人”であるという言葉。
一体、「誰の」代理であり、「誰の」意向を執行するのか。
その「誰か」は、統合政府ではないかと推測します。
統合政府は、WARLUSに、SASを潜在的反統合勢力として、調査および粛清を指示。
しかし、その真の目的はSASのガラテクの接収であり、それは統合政府が大量の殺戮兵器を獲得するのと等しいということになります。
なので、WARLUSは、州政府に面従腹背、さらに統合政府に従っていると見せかけて、またまた面従腹背で、
真の目的は、①軌道エレベーターの建設による新生存圏の開拓、②それによりSAS全土をガラテク諸共消滅させる、の2つです。

では、マレルの立ち居地ですが、”代理人”よりも、統合からの”査察官”というのが正しいのではないでしょうか。
とすると、GOATのSAS介入もマレルが死亡したからと考えると辻褄が合います。

さらに、マレルの正体は、”完全体リヴァイアサン”で。
”査察官”ですらなく、実は”処刑人”であり、統合政府が主導するSAS粛清において、
WARLUSが失敗した場合の後詰と考えると、エドと盛大に殺し合ってくれそうで、超楽しいですね。

マレルが核で、リヴァイアサンの名の通り、キャンサードローンのネストを作って、
カスケードでドローンをボム扱いとか考えると、超鬼畜なラスボスの完成ですよ。
(クイーンビー、ヴォータン、クロードが伏線扱いになっていい感じですよね。)



さて、ここで少し視点を変えてみましょう。
本作フランルートがdiveの前日譚として、正史と言えるかというと、正直微妙なのですが、
それ以前に、1点、diveの結末をご破算にさせてしまう、特大の設定矛盾があるように思えました。(現段階で)

それは、本作でたびたび繰り返された”こころの地図”という設定です。
diveをコンプ済みユーザー諸兄はご存知のとおり、diveでは、空ルートにおいて、
肉体→電子体幽霊→肉体、となってハッピーエンドを迎えたのですが、
そもそも、本人のDNAをもとにしたクローン体とはいえ、その”こころの地図”は一致するのでしょうか?
おそらくしないでしょう。
もしそれが可能であるなら、一般兵に精鋭の経験を移植するブランドロイド化はできなくとも、精鋭のクローンを作れるはずで、
事実、WALRUSも電子体クローンには成功しているが、実体クローンの成果は確認できませんでした。
脳だけ保存していた、というような描写もなかったと思います。

ならば、ノインツェーン打倒後に”こころの地図”が完成した、
もしくは、その時点ですでに”こころの地図”という技術が確立していた、という可能性が考えられるでしょう。
個人的妄想としては、ぜひとも、後者を推したいと思います。

この前提のもとで、逆算的に妄想をすると、マレルは、フォースの燐のように後天的な電子体幽霊ではなく、
そもそも実体を持たない、真性の電子体幽霊と考えられます。

こうすると、自分は「人間じゃないから、殺して」、とか言っちゃうマレルに、
「リアルボディ(からだ)がない? 電子体幽霊? 知るかボケ。 
 ああ、正しく誤解した、やっぱりお前は人間だ。
 泣くな、どこ見てんだ、ちゃんとこっち見ろ、馬鹿!
 目の前にいるだろうが、その馬鹿に惚れた大馬鹿が!
 だったら、惚れた弱みに付け込んで、言えよ! マレル!
 助けろ、って!!」
とかイケメン台詞口にする姿が目に浮かびますね。

豆の木作戦の仮想シュミレーションで、仮想にビーンストークができて、一定仮想高度まで達すると、リアルでもビーンストークの構築が開始。
仮想ビーンストークの頂上に、マレルとラスボス(クエンティンかノインツェーンのクローンかストローヘッドあたり?)が待ち構えていて、
マレルを奪還するために、エドワードがビーンストークを上っていき、スコールはその援護(邪魔する統合やらを露払い)。
頂上間近で、フリント登場、間に合わないか?と思われたとその時、突如、ヴォータンがエドワードを援護して、
フリントはヴォータンに「裏切るのか?」と問いただし、ヴォータンは無言でエドワードに先へ進むよう示す。
そして、リアルビーンストーク構築直前で、エドワードは頂上に到達、そして、ラスボス撃破。
当然、お約束的に、ビーンストークは倒壊をはじめ、エドワードとマレルは絶体絶命。
そんなところに「准尉、そこからネザーに向かって飛んでください。墜落直前で離脱(ログアウト)プロセスを行います」と頼れるAPのサポート。
しかし、リアルボディのないマレルは離脱ができない。
「安心しろ。ちゃんと帰れる。お前を人間に生き”孵らせて”やる。だから、絶対に手を離すんじゃねーぞ!」
と再びイケメン台詞発動、同時にビーンストーク頂上からダイブ。
墜落直前でログアウト成功。
「WARLUSの研究は下の下だったが、技術そのもには罪はない。悪用されるくらいなら、最後に誰か1人助けて葬り去られるのが、技術のためだな」
とかドヤ顔のマスター・クラリーチェが、WARLUSの”こころの地図”研究を下地に作り出したマレルのリアルボディと、
エドワードを発信機にすることで、マレルの電子体を紐付けし、無事、マレルも生き”孵り”、大団円。

こんな感じに山あり谷ありな展開が期待できる気がします。


あと、ヴォータンユニットの中身をセクサロイド化した奴ですが、WALRUSがノインツェーンクローンの協力を得るために、与えたものとか考えると、面白いです。
SASでの紛争が、実は無機AIストローヘッド、有機AIマリア、人類最高峰ノインツェーンの3大知能の代理戦争化してるとか。





以下、各勢力の思惑とか関係とかの妄想。
   エルピス関係は情報少なすぎて、ほとんど当てずっぽですが。


○エルピスーーーーーーー
AIマリア:GTICEによるSAS外のAIネットワークからの分化。エルピスによる独占。
エルピス:ブランドロイド、ミョルニル使用によって、WARLUSによるSAS粛清の阻止
  勝利条件①バルドルの破壊→豆の木作戦実行不可能 ②バルドル使用権の一時取得→ミョルニルによる人口操作
ミョルニル:使用にはバルドルが必要だが、州政府に独占されてしまっている。
ブランドロイド:破壊対象 ①マレル→SAS外からの監視を取り除くため。処刑人の排除? ②バルドル→豆の木作戦妨害のため。


クロード:ブランドロイド
クイーンビー:ブランドロイド
レイモンド:ブランドロイド。 ここ数年でチャーチ22の会長になっており、戦争終了から空白があり、ブランドロイド処置後に再出現。
       咲良ルートで、バルドルへのホットラインを妨害したのは、ストローヘッドかマザー。
       キャンサーが事前にマレルを吸収していたことを考えると、マザーがやや有力か。

ウィザード1:GT.ICEの作成、ブランドロイド処置



○ドレクスラー機関ーーーーー
ドレクスラー機関:ミョルニルをSASに持ち込む。フランBADにおいて全土爆破の首謀者(SASから脱出するため?)。
            エルピスにより保護されている?



○WALRUS、SAS外の統合、AIーーーー
統合政府:SASのガラテク接収を画策し、SASの粛清をWARLUSに指示。

WALRUS:SAS全土を潜在的反統合と判断
軌道エレベーター (マメの木作戦)
 素材:人間(炭素) 
 目的:新しい生存圏の開拓?
 失敗:ミョルニルによる人口の減少。
     VXガス:死体を利用可能
     ミョルニル:死体を利用不可能

マレル:「SAS外のAI(便宜上、マザー)=統合政府」からの代理人 ←各ENDでのGOATの登場
    そうなるようにスカベンジャーによって処置されたのではないかと推測
    真の姿は完全体リヴァイアサンであり、”処刑人”。


フリントがブランドロイドの完成を危惧 ← 完成形ブランドロイド(脅威)>クローン>未完成ブランドロイド(危険)>NPC



○ストローヘッド、チャーチ22ーーーーーー
バルドル:ストローヘッドアーキテクチャによる「ひらめき」の半獲得、仮称「ストローヘッド」、ウィザード2
  無限に近い記憶容量と超高度並列計算能力があって、間違っていても計算し続ける。
  →「存在証明問題」の回答が可能?
  作中での失敗の多い実験を繰り返していたのはこいつ。
  知性の獲得願望から、SAS外のAIの代理人であるマレルを捕まえるため、触手としてチャーチ22を作る。
  WARLUSに協力するウィザードであり、黒犬の正体。


リヴィ、戦闘用NPC=バルドルの模倣
チャーチ22:レイモンドが例外で、本来はリヴィ(バルドル)が首魁

スカベンジャー:「ノインツェーンを超える」→バルドル(ストローヘッド)の知性獲得?


○SAS州政府、多額献金企業ーーーーー
チャーリー:レイモンド同様にデザイナーズチャイルド
       意図的にガラパゴス化させて急成長した技術を独占することで、統合分裂後の覇権獲得を狙う。 ←潜在的反統合勢力
       WALRUSのSAS粛清の意図に気付いていない。 策士策に溺れる馬鹿。



以上、妄想終了です。
各勢力入り乱れすぎて、推測困難でした。


あと、エドワードってヴォータンのクローンか実子じゃね?




最後に「告知なし分割商法」への皮肉と、ゼロ2への期待を存分にこめて、本レビューのまとめにしようと思う。


本作で描かれた2つのメインテーマは『親子の愛情』そして『世代交代』であった。
そして、作中では『世代交代』の裏に隠れ、続編で描かれるであろう最後の主題、
それは、『セカイ系』だ。
”増やすための戦争”と”減らすための戦争”、2つの対立はこの延長に他ならない。
ならば、原点(ゼロ)に還れば――。

最後の主題に焦点を当てれば、本作の3ルートは、あたかも複層のGT.ICEが1層ずつ解除されていくように、
エドワードの偽悪という虚飾の表層を撫で、その薄皮を1枚ずつ剥いでいったにすぎない。
今後、彼を”最も優秀”たらしめていたそれを全て奪われ、環境に適応できない本質を剥き出しにされ、
最愛の彼女を殺さ(見捨て)なければならない時が来るのは想像に難くない。

セカイか、マレルか。

その時、彼が、ゼロから掴みとる答えは何なのだろうか。



そして、dive1にはあり、ゼロにはなかった、ユーザーの胸を昂ぶらせて止まない続編への繋ぎ、そうなることを期待して、本レビューの締めとしよう。


ケイルートを”始動”、咲良ルートを”疾走”、フランルートを”超越”とするなら、未だ、”跳躍”、”飛翔”、”着地”が残っている。
ありていに言えば、起承転結のうち、本作はその起と承でしかない。
本作の集大成である、”超越”すらも、”跳躍”への助走に過ぎないのだ。

本作で地を這うランナーが見つけたものが、”屑”のひしめく掃き溜めにあり、塵に埋もれて、なお燦然と輝く1粒の黄金であるなら、
飛翔の先にあるのは、さらに得難き金塊だろう。

ならば、助走を終えた彼に我々が向ける言葉は、「走れ、ランナー」ではない。


羽ばたけ、バタフライ!

もしお前に翼がないなら、居丈高にそびえ立つビーンストークを駆け上がれ!

その先で、天空から見下ろすいけ好かない奴をぶちのめして、山賊よろしく、金卵を強奪しろ!

そして、金卵抱えて、一目散に逃げ帰って、ビーンストークを叩き折ってやれ!

理解できたか? なら――。

セカイか、マレルか、選べよ!  エドワード!!

                             to be continued.
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水と油も使いよう

Author:水と油も使いよう
好きな作品は「Dies irae」。間違いなく思春期特有のあれをこじらせた人間です。ブログタイトルですが意味はありません。しいて言うなら語呂、ちなみにマヨネーズは嫌いです。男、年は2周りしていないと言うことにしておきます。

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